
当社は、創業以来、日本全国に向けて、眼鏡、光学機器の卸販売を営み、来日中国残留孤児の方々へのめがね提供、盲導犬育成事業への協力、など国内外の視力異常者、機関に対しても積極的な援助活動を行ってきた。今回、100周年を迎えるに際し、社長はじめボランティアスタッフが、国内外各方面への訪問と調査を重ねた結果、アフリカへの医療援助を決定。去る11/9日〜11/14日、創業100周年記念事業の一環として眼科医療機械寄贈、指導研修の為、セネガル・ダカールを訪問、株式会社ニデック社製、スリットランプ・オートレフ・視力表テストレンズセット等計8点の機器を、国立、ダンテック病院に寄贈し、使用方法及び検査方法について研修を実施した。

現地病院にある眼科機械は、ある程度揃ってはいるが、古い機種が多く中には壊れて使用不可能、修理をしようにも費用が掛かり唯置いてあるだけの状況。

寄贈式
国立ダンテック病院内で寄贈式を行い、ダンテック病院理事長をはじめ、病院長、眼科部長など病院関係者20名と在セネガル日本大使館 一等書記官 清氏、在京セネガル大使館大使秘書、澤村女史、5名が参加。病院側から絶大な謝辞のスピーチを頂き、今回の寄贈を大変喜ばれた。

寄贈約3週間後の12月下旬、セネガル共和国大統領より、同国日本大使館を通じ、感謝状を拝受した。

今回のセネガルへの眼科機械寄贈は、当社がアフリカに対する支援事業としては初めてですが、今後もこういった福祉事業を通じ社会への貢献、及び地域社会への協力事業を推進して参りたいと考えております。当社はこの様な慈善事業を積極的かつ継続的に行っていく企業を目指します。

2010年、当社は創業から100年という大きな節目の年を迎えました。
日本におけるメガネ産業の黎明期から現在までをほぼカバーするこの100年は、もともと視力矯正用の医療器具としか考えられていなかったメガネが、ファッションの重要な要素、個性を表現するためのアイテムとしても認知され、多くの人々の生活に浸透していく過程でもありました。
メガネのこうした普及と一般化は、もちろん、私たちの業界に大きなビジネスチャンスをもたらしましたが、他面で、業界の厳しい再編と淘汰を促さずにもいませんでした。資本とモノがやすやすと国境を越えて移動できるようになった今日、アジア諸国で製造された安価な製品が大量に流入し、未だ多くを職人の手作業に依る国内メーカーの製造基盤を根本から脅かすとともに、店頭での熾烈なディスカウント競争を誘発してもいます。
おそらく今、私たちの業界は、この100年間でもっともシビアな状況にあると言ってもいいでしょう。必要とされるものだけが残り、必要とされないものは、すぐに廃れて消えてしまう。そのことが、これほど露骨に顕在化した時代は、かつてなかったのではないでしょうか。
なにが必要でなにが不要かを決めるのは、お客様であって、私たちではありません。お客様から必要とされる企業であり続けるために、私たちは今後、どのようなスタンスでこの仕事に臨むべきなのか。次の100年を目指すにあたって、まずはいま一度、このもっとも基本的な問いに立ち返る必要がある、と私は考えています。
Respect − Love − Life 私たちが日々、出会い、様々な仕方で関わる多くの人やモノたち、それらひとつひとつに、尊敬と愛情を持って接すること。
100年間、当社が一貫してこの事業を継続してくることが出来たのは、何よりもまず、お客様があってのことであり、福井をはじめとするメガネの作り手の方たち、ヨーロッパやアジア諸国のビジネスパートナーたち、そして、家族や地域社会、国から世界にまで至る、大小様々なコミュニティとのつながりがあってのことにほかなりません。
これら多様なつながりの基礎に、尊敬と愛情の気持を据えること。そのことが本当に実践できれば、私たちのビジネスは自ずと、これまでとは異なるものに変わっていかざるをえないはずだ、と私は思います。
お客様、あるいは仕入先のメーカーと私たちとの関係は、もちろんまずは“売る−買う”こととして始まる。けれどもそれが、単にモノと金銭のやり取りだけで終わってしまってはならない。メガネに使われている1本のネジ、あるいは1箇所のロウ付けにも、それが製品として完成するまでには、様々な発見や工夫や苦労、つまり幾多の物語があり、数多の作り手たちのプライドに支えられている。私たちの仕事は、そのプライドを理解し共有すること、したがって、そのようにして作られたメガネに敬意を払い、その尊敬とプライドをお客様にも伝えることでなければなりません。そうしてはじめて、私たちは本当の意味で、自分たちの手で1本のメガネを売った、と言うことが出来る。当社のメインビジネスは卸売業ですが、それが単に、売り手と買い手を仲介し、利鞘を抜くだけの仕事であるなら、そうした業態そのものが今後は衰亡の一途をたどるほかない。そのことの兆候は、昨今すでに明白な形であらわれて来ている、と私は感じています。
創業100周年を記念する事業の一環として、2010年、当社は新たに補聴器事業をスタートさせました。これまで当社が携わってきたメガネという商品は、半医半商という二面性を持つものですが、補聴器もまたしかり。それは、使う人の“Quality of life(生活の質)”の向上に資するものであり、その意味で補聴器事業という仕事は、単なるビジネスの枠組みを超えた社会的意義を有するものであると私は信じます。
この100年のあいだに、メガネはファッションの一部として、巷間に幅広い認知と理解を得ることができました。そのことと同じように、今後は、補聴器を身に着けていることがもはやハンディキャップを証するものではありえず、「あの人の補聴器はすてきだね」といった会話が普通に交わされる時代が来るかもしれない。急速に高齢化が進行する日本社会の現状に鑑みて、そうした時代は遠からず、また必ず到来するはずだと私は考えています。ただ、そのためにはもちろん、補聴器というものに対する現行の社会的な価値観そのものが、大きな変革を経る必要がある。身体的なハンディキャップをめぐる日本の事情は、欧米の先進諸国、とりわけ北欧諸国に比して、著しく遅れた状態にあると言えますが、その克服には、医療や福祉など社会保障制度の法的な整備、各種テクノロジーの進展と並んで、まずは、ハンディキャップについての人々の意識そのものが変わらなければなりません。補聴器という仕事に対する私たちの取り組みは、何よりそうした価値観の変革に与するもの、新たな価値観のクリエイトを目指すものでありたい。そしてそのことは、すでに述べてきたとおり、ビジネスを単にお金をもうけるためだけのものと考えていたのでは、決して実現することはできません。
ビジネスもまた一個のコミュニケーションです。コミュニケーションという言葉は、情報の伝達やモノの流通を意味するのみならず、感情の交感や共感といった、より広く綜合的な営みを含意します。Respect − Love − Life 私たちの仕事は、決してただ漫然とモノを売ることに尽きるものではなく、より多様で豊かな形のコミュニケーションの可能性に開かれている。
次の100年を目指す歩みを、そうした可能性の実現に向けてスタートさせたいと思います。